ヨハン・・・お前と一緒に暮したら、きっと楽しい時間を過ごせるに違いない。
この得体の知れない恐ろしさも今は静まる事のない怒りもきっと・・・、ヨハンとユベルが癒してくれる。
『・・・もしもーし!十代!?聞こえてる?』
ヨハン・・・。
あの日・・・悪魔に魂を売ってでも守りたいと思った生活。
今、ヨハンに甘えてしまえばただの安売りでしかない。
「悪いけど・・・、オレ・・・」
『あー、やっぱダメか〜・・・』
オレの言葉を掻き消すようにヨハンが大きくため息を吐く。
わざと大袈裟に振舞う事で、断るオレの罪悪感を減らしてくれている。
ありがとう・・・、ヨハン・・・。
お前の気持ちが嬉し過ぎて言葉に出せない。
『・・・でもさぁ、十代』
「・・・ん?」
『これからどうする気なんだ?』
これから・・・?
今更、オレだけ逃げる事は許されない。
悪魔と契りを交わした、あの日からオレの道は決まっている。
「自殺なんかじゃ・・・ない」
振り絞るように出したオレの言葉にヨハンは敏感に反応した。
『十代?おま・・・・・・、まだそんな事言ってんのか!』
刑事に呼び出される直前の犯行声明。
銀行強盗事件の電波妨害。
『ヤツ』の狙いはオレだ。
カイザーは巻き込まれたに過ぎない。
自殺なんかじゃない。
カイザーは自殺なんかする人じゃない。
『後悔なんて決してするな。立ち止まって振り返ったら、二度と前に進めなくなる』
『この道を選んだら、前に進むしかないんだ』
『社会に悪を撒き散らす相手でもそれが奪った命を弔える唯一の方法なんだ』
・・・カイザーは、常に前進しか好まない。
それが表の世界であっても、たとえ裏の世界であっても・・・。
振り返って、後悔なんてする人じゃない。
「あの人は・・・自殺なんてする人じゃないんだ」
携帯を握る手に力が篭る。
そんなオレを電話越しに察したのか、オレの気を静めるように今度は静かな口調でヨハンが続ける。
『なあ、十代・・・。悪い夢は、早く忘れた方が良いと思わないか?』
ヨハンの言葉が正しいのは分かってる。
分かっていても・・・
『それに・・・遺書だってあったんだろ。一応・・・』
「違うんだ!ヨハン!!オレには分かるんだ。いや、オレにしか分からないんだ・・・」
『ヤツ』の存在はオレしか知らない。
取り乱すオレを気遣い、ヨハンは慎重に言葉を選ぶ。
『仮に・・・、仮に・・・さ。十代の言う事が本当だったとしても、今の十代はGX隊員じゃないんだし』
ッ・・・。
ヨハンの指摘に言葉を失う。
確かに今のオレは・・・組織という群れから逸れ、つがいを失った暗闇を彷徨う野良犬でしかない。
・・・・・・。
『辛いだろうけど、過去を断ち切って、新しい夢を探さないか?』
新しい・・・、ゆ・・・め・・・?
『・・・オレたち、二人で』
ヨハン・・・昔から、お前はオレを気遣ってくれた。
いつでも、傍にいてくれた。
オレは・・・当たり前だと思っていた。
かけがえのない人が、傍にいる事を。
好きな人と一緒にいられる事を。
お前の優しさに、もっと早く気付いていれば苦しまずにいられたのかも知れない。
気付いていれば、カイザーだってこんな目に遭わずに・・・。
全ては、気付かなかったオレの罪。
もう、後に退く事なんて出来ない。
「オレにしか、出来ないんだ・・・。真相を暴けるのは、オレだけなんだ」
頑なに誘いを断るオレにヨハンは受話器から心配そうな声を漏らす。
『十代・・・』
「ヨハンには悪いけど・・・」
お前の気持ちに応える事は出来ない。
そう続けようとするオレを遮るように、ヨハンは明るく、大きな声で言った。
『十代は昔から頑固だからなぁ〜』
・・・っ!
『オレの言う事全然聞いてくれないし』
ヨハン・・・?
「ごめん。オレ・・・」
『い〜よっ!分かった!!でも、一つだけ約束してくれ』
「・・・何?」
『命を落とすような危ない事は一人でしないって』
『一人で』って・・・どういう意味だ・・・?
『オレに出来る事なら、何でも協力する。一人より、二人の方が心強いだろ?』
『何でも協力』だなんて・・・ヨハンこそ何を言い出すんだ。
そこまでヨハンの優しさに、甘えられない。
「何言ってるんだ、ヨハン!素人が出張れる世界じゃないんだ。現にカイザーだって・・・」
『だからだよ!だからこそ、二人で歩こう。十代を失ったら、オレ・・・』
オレの声に被せるヨハンの言葉に息を呑んだ。
・・・確かに・・・この苦しみを・・・ヨハンに味あわせたくない。
「・・・でも」
『いいって!気にするなよ。前からオレたちそうなんだからさっ』
耳が痛い。
何一つ、ヨハンの優しさに応えられないオレ。
それなのに、ヨハンは・・・ヨハンは・・・苦しくなるほど、優しい・・・。
『オレは、お前を追い続ける。・・・いつか、オレだけを見てくれるように』
自分の愚かさが情けなくて・・・ヨハンの優しさが苦しくて・・・震えを抑えきれない。
「・・・っ・・・ぃ・・・・・・」
堪え切れずに冷たい雫が頬を伝う。
『じゃあ、十代。一人で先走りするなよ。・・・また、電話する』
涙で声を出せないオレを察してか、ヨハンは明るく携帯を切った。
切れた携帯を握り締めながら・・・閉ざされた冷めた部屋の中で、開く事の出来ない扉を隔てながら・・・悲しくて、苦しくて、オレは震える事しか出来ずにいた。
数日後。
ヨハンの誘いを断ったオレはこの数日間、自分なりにカイザーの事件について調べてみた。
カイザーの裏の顔を知る者とはいまだに出会えていない。
調べれば調べる程にカイザーの仕事は完璧だった。
何一つ、手掛かりとなりそうな跡を残していない。
だからこそ、オレは今、カイザーの自殺は『ヤツ』の殺しだったと確信する。
『丸藤亮は死んだよ』
あの電話は、カイザーの自宅に掛けられている。
カイザーの自宅を知っていて連絡を取る事が出来る奴。
GX隊員ですら・・・ましてや弟の翔も知らないカイザーの本当の自宅。
オレと仕事を組む前にカイザーと接点のあった奴に違いない。
事件の後、やみくもに聞き込みなどを繰り返していたが、オレは今日、カイザーの言葉を思い出し、ある目的地へと向かった。
古びた玩具屋の前で、オレは足を止めた。
「・・・・・・ここ・・・・・・だよな・・・?」
『ショップ天上院』
カイザーがオレに話してくれた唯一の人物。
闇の住人・・・。
表向きは子供から大人までを対象とした玩具屋を経営。
しかし、裏では銃の密輸や斡旋をしているという。
この店の店主、天上院吹雪(テンジョウイン・フブキ)をカイザーは信頼していた。
だが・・・オレは天上院を信用していない。
カイザーと裏社会で通じていて、自宅の連絡先を知る人物。
同居したオレの存在をカイザーから聞いていれば、オレ宛に犯行声明の電話が出来る唯一の存在。
天上院吹雪は『ヤツ』の条件を満たしている。
裏社会での信頼なんて、利害関係が悪化すれば、もろく崩れるに違いない。
ヘタに相手を詳しく知るだけに敵対しても不思議じゃない。
天上院吹雪・・・この扉の向こうに、二つの仮面を使い分ける悪魔がいる。
この扉の向こうに・・・
「ちょっとキミ〜、店の前で何分固まってるんだい。おもちゃ逃げちゃうぞ!ははっ」
ッ・・・!
店の前で立ち尽くしていると男が姿を現した。
長髪に甘いマスク。
カイザーから聞いた『天上院吹雪』の特徴と同じ。
この男が天上院吹雪・・・!?
「あっ・・・、あの、オレ・・・」
いきなり声を掛けられて何から話せば良いのか思い付かない。
「まぁまぁ、遠慮する事ないから店の中に入ってよ・・・十代くん!」
十代くん!
何だか・・・馴れ馴れしい。
いや、そんな事より何故、初対面のオレを『十代くん』って呼ぶんだ。
オレは、アンタに名乗っていない・・・。
うすら笑いを浮かべて誘う男に従い、オレは店内に入った。